ラーメン二郎、じつは楽しむのに「頭脳と経験値」が必要な「オトナの食べ物」だった

ラーメン二郎はよく列ができている。
タイミングと運が良ければ短い時間で入れることもあるが、まあ、ふつうは並ぶ。
ふらりと行けば、15分から30分は並ぶだろうなとおもって行っている。
一人客ばかりが並んでいると、列も店内も会話が皆無である。軽い緊張感が漂っているが、慣れると落ち着く。自分も一人のときは、他の客も一人だと安心なのだ。ふしぎな連帯感も少し生まれてくる。
ただまあ、ラーメン二郎の大半は「大学の近く」にあることが多いので、大学生が何人か連れで並んでいるのもまた、ふつうの風景である。
若者が二人から数人で並んでいるときに、静かに並んでいればさほど目立たない。
通い慣れている若者たちは、比較的会話も少なく、静かに並ぶものである。
ときどき大声で話しながら賑やかに待っている若者を見かける。
これもまた日常の風景である。
より賑やかな声がするときは、それはだいたい「初めての二郎経験」が何人か入っている場合である。興奮しているのだ。いわば遊園地でアトラクションに並んでいるのと同じ気分なのだろう。
「これから世に名高いラーメン二郎に入る、ちゃんと食べきれるだろうか。怖いんだろうか、でもうまいんだろうな。うん。楽しみだ。ちょっと怖いけど。わくわくするなあ。ああ、人生初めての二郎だああああ」
わくわく感でいっぱいで、仲間と一緒だから黙っていられないのだ。それが若さであろう。
「初二郎」で苦しむのは誰か
何人かのかたまりで並んでいる若者の場合、だいたい一人が経験者であり引率者で、残りが未経験、というのをよく見かける。
食べ始めると一人だけふつうのペースで食べ終わり、やはり初体験者たちはけっこう苦しんでいる、というのがふつうの風景である。
特に、高校生集団にこれが多いようにおもう。
あくまで印象であり、あくまで個人的な感想であるがそうおもう。
初めての高校生たちは、大人に比べて、かなりまとまって苦しんでいることが多い。そう見える。
20分かかって食べきれずに、どうしようかと困っているという姿を見かけるのだ。
もちろん大学生だろうとサラリーマンだろうと、苦しんでいる人はいるのだが、集団で来ている高校生(しかも初心者多い場合)はまず大半が確実に苦しんでいるような印象がある(高校生でも常連は大丈夫です)。
十代半ばというのは、それ以上と比べて、こういう場所では弱いと見える。
十代のほうが基礎体力があって、元気なんじゃないか、と想像する人もいるだろう。
高校生のほうが、大人より大量にものを食うんじゃないか、と自分の記憶からも考えてしまうかもしれない。たしかに肉とごはんだとそうだろう。
でも、ラーメン二郎となると、そうはならないのである。そのあたりがおもしろい。
ラーメン二郎は、ただ大食いなだけでは対処しきれないのだ。
食べるのに「技術」が必要
ラーメン二郎はある種のスポーツだと考えるとわかりやすいかもしれない。
あんな身体に悪そうなものをスポーツに例えるなんて、とおもうかもしれないし、たしかにラーメン二郎好きの胴回りの太さと、スポーツアスリートを並べて論じるのは大変もうしわけないのだが、でも似ている部分があると私はおもう。
オリンピックなどの競技種目で、選手のピークはだいたい二十代にあるものだ。
▽おすすめ
あらゆる総合力が必要となる種目のピークは二十代半ばから後半ではないだろうか。
ピークの下がりかたが緩やかな場合は、三十代でトップアスリートである選手も多い。
プロスポーツ選手でも、十代でトップアスリートである選手よりもはるかに三十代のトップアスリートのほうが多いだろう。
単純な体力、瞬発力、回復力だけではトップアスリートを維持できないということだ。
やはり頭脳と経験値が大きく関与してくる。
トップアスリートと、ここで「ラーメン二郎を食べる人」を並べることになってしまって再び恐縮せざるをえないのだがでも、実際に少し似ているとおもう。
「初めての二郎」の衝撃
「初めてラーメン二郎」を食べたとき、個人差はあるだろうが、多くの人にとって「想像を超えたもの」である。
写真などから見た事前の情報から想像していたものと、実食してみたときの落差があまりに大きくて驚いてしまうのだ。
それを必死で食べながら、手と口とを動かしながら、「こんなのだったのか」という頭のなかで一人で驚愕するしかない。
時節柄もあって「黙食」が強く推奨されているため、いまおどろいているという話は同行者ともしにくく、そもそも同行者も余裕なくひたすら掻っ込んでいるのであまり話のできる気配でもない。
ラーメンが提供されたのち、時節柄とはべつに、同行者とお話をするのは、ラーメン二郎ではできるかぎり避けたほうがいい。
敢えて言っておくと、会津若松の高校生諸君も、会津若松ではいいけど、そこを出た別場所の二郎では仲間と楽しく喋りながら二郎を食べるというのは、できるかぎり、やらないほうがいい。同じ東北地方の別店(つまり仙台店)でもそうである。
ラーメン二郎のラーメンを静止画像で見て持つ間違った印象は「モヤシ、多っ!」だろう。でも実食となると、ラーメン二郎において、モヤシ(いわゆるヤサイ)の量については些末な問題でしかない。(そもそも大変な量になるほど初回からモヤシを増やしてはいけない)つまりモヤシの多さなどはどうでもいいことである。
多いのは「いつまでもなくならない麺」と「アブラ分」である。
たぶん意識できない人もいるだろうが、「圧倒的なアブラの量」が他の店でくらうことのないものであり、事前にまず想像できない部分である。
「大量のアブラにまみれたすごい量の麺」というのが、まず、平穏な暮らしをしているかぎりは、想像できるものではない。と、書いていて、いますごく食べに行きたくなってしまっているのだが、つまりそこが二郎の最大の魅力でもあるのだ。
二郎の真髄は、アブラまみれの太い麺(しかもスープをたっぷり吸い込んで変色している)をひたすら延々と掻っ込む部分にある、と私は強くおもっている(これは個人差があるとおもいます)。
「危機の対処」の経験が少ない
初めての人は「アブラまみれの太い麺を延々と食べ終わらない」ことにすごく驚く。
たぶん、頭ではなく、身体のほうが驚いてしまう。
日ごろから激しい食事をしない人なら(それがふつうだが)初めての二郎は、ある一定の量を超えたところで、身体は拒絶しはじめるのだ。
もうこれ以上この食べ物を摂取しないほうがいいぞという指令が脳から発せられ、身体もそれに従おうとする。
急に食べ進められなくなる。
そして、ここで年齢差が出てくるのだ。
高校生などの十代の若者の二郎未経験者は、そういうびっくりな危機状況に対応した経験がかなり少ないだろう(高校生でも常連が違うというのは、その経験値が高いからだ)。
危機状況での対処経験値が低い。
だから、一気に食べられなかったとき(ほとんどの店では一気に食べられないものだが)いったん止まってしまって、そこから進める力がとても弱くなる。
文才ないよ。辞めた方がいい。
経験者からのアドバイスとしていえば、どんな情報がフィードバックされようとも、食べるペースを絶対に落とさず、一定速度で食い続けることが大事なのだが、その結果悲惨な結末を迎えることもあるので(「店のまわりに食べ戻したものを放置しないでください」などと告知される状況)、初心者はこのアドバイスを聞かずに、自分の身体の声を聞いたほうがよろしい。
十代の「素直さ」の力
ただ、危機状況の処理は、年を重ねるごとに得意となる。
十代より二十代、三十代のほうが、「もう止めたほうがいいと脳が命令している」状態を無視して、食べつつけることができるのだ。(なんかブラック企業で新人を騙して研修しているみたいな気になってしまうのだが、たぶん似たようなことなのだろう)
経験がないと(つまり高校生などは)、アラートが鳴った時点で素直に食べるペースを落としてしまう。
十代はまた素直で、正しい情報にも疎いので、残したら怒られるに違いないという間違った強迫観念を抱いていることが多く、だから食べるのを完全に止めることはできず、それでいて身体のアラートにも正直に、ゆっくりゆっくり食べ進めて、窮地に追い込まれてしまう。ゆっくり食べているうちにそのうち腹が減ってこないだろうかと儚い希望を持って進むのだが、そんな夢みたいな状況が(いきなり腹がへってもりもり食べられるとか)やってくるはずもない。汗だらだらの大変な状況で進退窮まるばかりである。
実際は、もう食べられないとなったら、残していいし、店もそれを強く望んでいるのだが、そういう情報は初体験高校生にはなかなか届いていない。
だからどうしても、進退窮まった高校生が苦しんでいるのを二郎で見かける機会が多くなるのだ。
大学生でも似たようなものなのだが、やはり大学生はすこし大人で、たとえば酒席で無理した経験があれば、少し対応が違ってくるようだ。
頭の命令と身体をずらして行動できるのは、やはり大人になってからだろう。
親の保護下にある状態では、たしかに無理はしないほうがいいだろう。
「大食いが得意」は通用しにくい
スポーツでも似たようなものだろう。
基礎体力や回復力だけが強くても、危機状況に陥ったときの対応や、初めての環境にであったときの対応は、経験値がものを言ってくる。
18歳と31歳では、もちろん18のほうが体力値は高いだろうが、31でもさほど問題にならないほどしか落ちてない場合が多く、いっぽう「身体を動かすときの脳の経験値」が18と31では比べものにならないほどの31が有利だということだ。
十代でトップに立つ選手は、神様がときどききまぐれで選ぶ以外に存在しない。
だからラーメン二郎では、すごく苦労している高校生をたびたび見かけることになる。大食いなら得意だ、という自信だけで挑んでも、だいたい跳ね返される。
ラーメン二郎をうまく食べるには、経験値が大事だということになる。
自分で書いていて、いったい君は何を言っておるのかね、という気分になるが、でもそうなのだ。
初めてのラーメン二郎を食ったあとには、なんだありゃただ苦しいだけじゃないか、とのおもいしか抱かない人も多いだろう。
そのなかで、しばらく経ってから、いや、もう一度行ってみたい、という気持ちになる人がいる。この、もう一度行ってみたいとおもうかおもわないかで、人の人生は大きく分かれてしまうのである。いやまあ、その人の人生における「ラーメン二郎」との関係性でしかないけが、だけど、大きく分かれるのだ。
ラーメン二郎には中毒性があり、また中毒性しかない。
ラーメン二郎を体験したいなら、身体の中の声を聞いて、何度か通ってみるしかないのだ。もし身体の声が、もう行くな、と言ったら、ぜったい行かないほうがいいです。
はい。身体からのアラートはうまく聞きましょう。
さて、原稿書き終わった。すぐさま二郎に向かいたいとおもう。じゃ。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97181
引用元: ・https://pug.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1657144941/
- 関連記事
-
-
二郎系ラーメンに行く時のルール教えてや
-
二郎で「麺無し」始めたら絶対流行ると思うんやが
-
二郎系店「暑いっすね、冷やし中華作ったんでお試しあれ」ワイ「ふーん」
-
二郎って種別はラーメンやなくでうどんにせん?
-
【衝撃】「ラーメン二郎最強の店」←ガチでイメージした店舗wwwwwwwww※インスパイアも可
-
ラーメン二郎、じつは楽しむのに「頭脳と経験値」が必要な「オトナの食べ物」だった
-
ワイ、初の二郎系ラーメンへ
-
二郎系ってなんでいつも人が並んでいるの?
-
ワイ「おっ二郎やん」胃「やめろ」肝臓「やめろ」血管「やめろ」肛門「やめろ」脳「やめとけ」
-
二郎系ラーメンで気に入らないところ
-
ラーメン二郎食った結果wwwwwwwwwwwwwww
-